ら抜きについて考えたこと

何日だったか記憶にないけどNHKで最近数回あった短めの特番のような時のこと。大河関連で准くんが出ていてら抜きコトバを続けていたのでびっくりしまして。続けて、というのは民放の映画関連などのときによく教えることのできる武術を「教えれるのは」と発言していてこれは若者向けにあえてなのだと思っていました。ちょっといやだけど何か思うことがあってのことかなぁと呑み込んでいたのです。わざわざ顰蹙を買うかもしれないことまでして欠点があるように見せないといけないのも大変だなって同情したりして大甘ですからね。

でも大河となるとちゃんとして欲しいでしょ。大人というか高齢者が見ていますから。これも最近見た夜の民放情報番組「ゼロ」で(零繋がりでやったのかと思うけど)、映画の紹介がされて准くんがかつて零戦が飛び立った基地を訪れてそこで元零戦パイロットの方と話している時「咀嚼できていない」などと発言してるんですよ。なんだなんだどぅした?って思ったのですけどねw相手の方はなんの動揺もせずすんなり理解していたようで、学徒動員された方はそういう言い回しをしているのね。漢字もすぐわかるのね〜准くんは相手のレベルに合わせた会話をする人なのね、と思っていました。
そこで思ったんですが、もしや、教えれるって方言ですか?プロフェッショナルなど見ていても頭がよさそうなことを言っている彼がなんの疑問もなく使っているとしたらそうとしか思えないのですけど、この疑問いつか答えが出るのかなぁ。
ちなみにちょっと調べた限り関西ではないらしいのですが親御さんの出身地まで知りませんので。


【追記】もう少し調べたところ、関西地方でも一般的にら抜きをする言葉はあるようです。わたしの育った東京の下町ではないです。ただ「来れる?」は使いますね。でも、教えれるはやっぱり抵抗あるわ。